学びの糸を紡ぐ

自分なりになにかを身につけていく過程をまとめたり、記録しておきたい心情を残したり。

2026-07-22 日記(トイ・ストーリー5、体調)

トイ・ストーリー5(ネタバレ有り、要注意!!)

  • 家族でトイ・ストーリー5を観てきた。
  • トイ・ストーリー4でウッディが乗り越えたテーマに関して、ジェシーがどう乗り越えるのか?というのが見どころの映画だと感じた。
  • やけに序盤にデバイス v.s. おもちゃという対立軸が強調されており、それは本人達(デバイスとおもちゃ)の間ではいい感じに解決されるのだが、人間が蚊帳の外に置かれているのが少し残念だった。
    • 例えば、デバイスを使うことで物理おもちゃの遊びにもこのように広がりが生まれるんだよ・・・みたいな、人間もデバイスもおもちゃも嬉しい解決策が提示されていたら嬉しかった。
    • 結局劇中では、デバイスで遊んでいる多くの"普通の子"に対しておもちゃで遊んでいるのは"ちょっと変わった子"であり、"ちょっと変わった子"は"ちょっと変わった子"同志で仲良くなれてよかったね、という感じのまま終わってしまった。それでいいのか!?
  • ジェシー好きな自分にとっては満足のいく作品だったが、作品としては歴代シリーズの中ではトイ・ストーリー4が突出して素晴らしいと思っている。
  • 動物の描写とごっこ遊びの世界観の描写の2方向でこれまでとは違ったテイストのレンダリングがあり、ピクサーとしてはその技術をかなりアピールしている印象を受けた。
    • 最後のごっこ遊びのところは少し泣きそうになったけど、あまり妻からの共感は得られなかった。
  • シリーズを通してバズの立ち位置がずっと自我をあまり持たない存在として描かれてきているなということに気がついた。
    • 例えば心の声を聞くという言葉の意味が理解できていない点(トイ・ストーリー4)、同種の他個体が大量に出てきて直接関わったりするのがバズだけだという点(トイ・ストーリー2, トイ・ストーリー5)、いきなり人格を変えてフラメンコを踊らせる役に抜擢されてしまっている点(トイ・ストーリー3)などに表出している。

体調

  • 今日はかなり悪かった。
    • たまたま1錠だけ残っていたロフラゼプ酸エチルを服用したら穏やかになった。これでいいのかわからないが、よかった!
    • 昨日の朝はなかなか気分が良く久々にちょっと業務に対してポジティブな感情を抱いていたのに夕方からだんだんと落ち込んできて、うまくいかないもんだ・・・。
  • 心療内科を受診したが、「セーフティを取るなら、8月も週4勤務が望ましい。あなたはロングスリーパーっぽいので、もし週5出社にするなら毎日11時間寝てほしい」と言われた。俺はロングスリーパーだったのか・・・。人生の半分くらいは眠りに費やすことになりそうだ。

角幡唯介『極夜行前』を読んだ

どんな本?

  • amazonより

測を学び、犬を育て、海象に襲われた.
すべては『極夜行』のためだった。
第一回Yahoo!ニュース本屋大賞ノンフィクション本大賞、大佛次郎賞をW受賞した超話題作『極夜行』。その「エピソード1」といえる350日のすべて。

太陽の昇らない冬の北極を一匹の犬とともに旅をし、4か月ぶりに太陽を見るという誰も真似できない大冒険を描き、ノンフィクション界の話題をさらった『極夜行』。
この度を遂行するには3年の準備期間があった。何度も北極を訪れ、重ねた試行錯誤。これもまた、命懸けの探検だった。
この準備行がなければ極夜の探検は成功しなかったのかと思うと、
起こった全ての試練が命を繋いだともいえる。
『極夜行』と併せて読みたい。
文庫化にあたり、カヌーイストの山口将大さんの特別寄稿を収録。

感想

  • とても面白かった。
    • 『極夜行』と比べて、ユーモア5割増、思想・思索5割減という感じだと思った。
  • カヤッカーの山口さんと旅をしているところで、面白すぎて笑ってしまうところがちらほらあった。(p313, pp332~335あたりとか)
  • 『極夜行』を読んでそこそこ楽しめた人ならば、『極夜行前』も読んだ方が良い。
  • シオラパルクでの人間と犬の関係を読んで、過去に読んだ『聖なるズー』で提起されていた犬と人間の関係に対する一つのアンサーなのではないかと感じた。このような「対等さ」というものが存在するとは想像もしていなかった。以下、p163の引用

シオラパルクでは、人間は犬を使役して移動し、そこで狩りをすることで食料を確保できており、一方犬の方も橇をを引いて人間をある場所から別の場所に移動させることによって餌を与えられ、生きることができる。つまり人間は犬がいないと生きていけないし、犬もまた人間がいないと生きていけない。両者の関係はきわめて相互依存的であり、そこには生殺与奪の論理を超越した、荒野で生きていくために必要な目に見えない信頼が実現している。

from where?

  • 以下を読み、面白かったため。

longtime1116.hatenablog.com


to where?

  • 他の角幡さんの本。

岩壁茂, 福島哲夫, 伊藤絵美『臨床心理学入門 -- 多様なアプローチを越境する』を読んだ

どんな本?

  • amazonより

常に更新され続けていく多彩な臨床心理学の世界がこの1冊に!
そのセラピーが基づいている理論とは?その理論はどのような人間観をもっているのか?今に生きる古典理論から現代に必要な知識・方法までをわかりやすくコンパクトにまとめた。異なるアプローチを比較しながら学べるつくりで,それぞれの特長と限界がわかる。

感想

  • スイスイ読めてわかりやすく、とてもよかった。安定の有斐閣アルマ。
  • p267に、セシル・パターソンの考える「効果的な臨床家の特徴」が14個並んでいるのだが、どれもしっくりくるもので、この道に進んでも良さそうだという気持ちになった。
  • 今後、本格的に学習をして知識を身につけていくのであれば、Obsidianなど使ってメモをしながら読むのが良さそうだなと感じた。体系的な学問には体系化できるメモが相性良さそう。

from where?

  • 臨床心理士を目指すのであれば、臨床心理学に立脚してクライアントと向き合うことになる。となると、臨床心理学のやり方(人との向き合い方など)が自分の性格やスタイルと全く違ったものであったら、臨床心理士は向いていないということになるだろう。まずは臨床心理学をざっくり解説してくれる本を読んでこの方向性が本当に正しいのか?を知りたいと思った。

to where?

  • より本格的な本として、下山『よくわかる臨床心理学』
  • よりカジュアルでカウンセリングにフォーカスを当てた本、東畑『カウンセリングとは何か』

2026-07-13 日記(土日)

土日

土曜日

土曜日は私・長男(6歳)のチームと妻・長女(3歳)のチームの2つに分かれて楽しむ日だった。
私と長男は自転車で日産ウォーターパーク(通称ウォタパ)に行き、たっぷりプールで遊んだ後にマクドナルドで食べて帰った。
昨年も同じようにウォタパとマクドナルドを梯子したことを長男は覚えており、いまだに「あの時パパと二人で楽しかったよねぇ〜」と言ってくれるので嬉しい。記憶を重ね塗りするかのように今回まったく同じ行程を辿ったのは、大人になっても覚えておいてくれるといいなと思ったから。

妻は長女と東京駅に行き、長女お気に入りのモフサンドのお店(mofusand もふもふストア)に行ったとのこと。こちらも楽しそうで何より。

日曜日

日曜日は私と妻の希望で赤坂見附まで足を伸ばし、香港物語という香港料理のレストランに行った。本格的な香港料理の店は貴重でありがたい。

  • お目当てだった楊枝甘露(mango pomelo sago)は絶品だったのでいうことなし。また来て食べたい。ベースのトロッとしたスープが格別。
  • アイスの港式奶茶(香港式ミルクティー)はあまさ控えめだった。もっと甘い方が良い。茶葉はしっかり濃くてgood。
  • 牛乳プリンはあまさ控えめ。たっぷり入っていて香港流。こちらも甘さ控えめな気がした。長男が気に入って食べていて嬉しかった。
  • エッグタルトは生地の淵がやや厚い。うまし。妻はかなり喜んでいた。

その後は歩いて高橋是清翁記念公園へ。名前に惹かれたのと、google 画像検索をしたらいい感じっぽかったので思いつきで行くことにした。高橋是清とツーショットを撮ったり、人工池の飛び石を子供と飛び回ったりして楽しかった。家に帰ったら長男が「たかはしこれきよ(実際はうまく言えてない)公園また行きたいね〜」と言っていて可愛らしかった。

最後に歩いて原宿まで行き、mofusand TOKYO 原宿に行き小さいぬいぐるみを一つ買って終了。

12,000歩ほど歩き、良い運動になった。いい一日だった。

2026-07-07 日記(村上春樹について)

村上春樹について

村上春樹の新刊、『夏帆─The Tale of KAHO─』が発売されたようだ。前作の『街とその不確かな壁』をまだ読んでおらず、そろそろ読みたいなぁと思っていて気づけばもう新刊。

村上春樹の著作はこのブログを始めて以来一度も読んでいないのだが、実は過去に(特に大学時代に)そこそこ読んでおり、一時期は大ファンだった。一時期は大ファン、という表現を使っているのは、今読んでも好きかどうかわからないからに過ぎず、人生で一番読んだ小説家が村上春樹だというのは間違いない。

具体的には、以下は少なくとも読んでいる。

  • 『騎士団長殺し』までの長編全て(14作品)
  • 『女のいない男たち』までの短編全て(文庫本10冊)
  • 『職業としての小説家』までのエッセイ系の本を8冊くらい?
  • サリンジャー、レイモンド・カーヴァー、スコット・フィッツジェラルドあたりの翻訳作品。

長編は『ダンス・ダンス・ダンス』と『ねじまき鳥クロニクル』が好きで、特に何度も読み返した(他の作品も何度も読み返している)。『ダンス・ダンス・ダンス』なんかはそれを読む前段階として『風の歌を聴け』から順番に読んでいかなければならないのでそれだけでも相当な分量になる。
短編は、『パン屋再襲撃』収録の『ファミリー・アフェア』がダントツで好きだった。だが、基本的には短編よりは長編の方が好み。
翻訳は、『キャッチャー・イン・ザ・ライ』が良過ぎた。本当に頭を打たれたかのような衝撃を受け、「劇薬だ・・・」という印象を持った。

また、音楽も村上春樹にかなり影響を受けた。ビーチボーイズはすべてのCDを買って好んで聴いていた。クラシック音楽も元々好きで聴いていたのだが、グレン・グールドなんかは村上春樹きっかけで知って色々と聴いていた。ジャズは・・・未だによくわかってない。

他にもあるかもしれないが、今思い出せるのはこれくらい。

ここまで村上春樹にハマっていたのになぜ読まなくなったのか?それは、なんというか「村上春樹モード」に一度入ってしまうと抜け出るのに非常に苦労するからだ。
村上春樹の小説の何が好きかと言われたら、迷わず文体と答える。読むとその文体が好きすぎて、つい染まってしまう。思考が村上春樹的文体に強烈に影響を受けてしまい、しばらくは村上春樹の小説の登場人物みたいな話し方で、村上春樹の小説の登場人物みたいなことを考えるようになってしまう。例えば自分の仕事が「文化的雪かき」的だと認識したくなってしまったりする。

こうなると"本来の自分"を見失ってしまい、取り戻すのに時間がかかる。村上春樹の小説が好きなのは、単に文体が強烈に好きだったり登場人物の「自分らしさ」が確立されている感じがカッコよかったりするからというだけであり、思想的に自分の考えと近く共鳴するから、というわけではない。それなのに自分の思想・思考が村上春樹的文体に侵食されてしまうのは非常に困る。村上春樹の小説に出てくる登場人物ならこういうことを考えるだろうな、というものと自分の考えの境界が曖昧になってしまい、自分を自分たらしめているものの土台が崩れてしまう。

だから読めない。

あるいは、もしかしたら久しぶりに読んだらそこまで影響を受けないかもしれない。それも困る。久しぶりに読んで「なんだ、若い頃は好きだったけど今読むとそうでもないな」とか思ってしまったら非常に寂しい。

だから読めない。


そういうわけで、しばらくはまだ村上春樹の新刊に手をつけるのは先になりそうだ。いつか覚悟を持てたとき、また読むだろう。

角幡唯介『極夜行』を読んだ

どんな本?

  • amazonより

探検家にとっていまや、世界中どこを探しても”未知の空間“を見つけることは難しい。大学時代から、様々な未知の空間を追い求めて旅をしてきた角幡唯介は、この数年冬になると北極に出かけていた。そこには、極夜という暗闇に閉ざされた未知の空間があるからだ。極夜――「それは太陽が地平線の下に沈んで姿を見せない、長い、長い漆黒の夜である。そして、その漆黒の夜は場所によっては3カ月から4カ月、極端な場所では半年も続くところもある」(本文より)。彼は、そこに行って、太陽を見ない数カ月を過ごした時、自分が何を思い、どのように変化するのかを知りたかった。その行為はまだ誰も成し遂げていない”未知“の探検といってよかった。

感想

  • 壮絶だった。読んでよかった。
  • 『空白の五マイル』のツアンポー峡谷に次ぐ「勝負を懸けた旅」とのことだったが、作品としては色々な意味で『空白の五マイル』よりもずっと好きな本だった。
    • 著者の内面により深く迫っている。そもそもの旅の動機だったり苦境における葛藤だったりが丁寧に描写されている。
    • 妻の出産シーンから始まり、終盤にそのシーンと旅が繋がる。映画を見ているかのような演出を感じた。
    • 著者は常時シリアスな状況に晒されているのだが、一方でちょくちょくユーモアのある描写やエピソードが差し込まれ、その緩急に引き込まれる。
    • 脱システム論、犬と人間の原始的関係、かつての人間にとって星はどのようなものだったか、などかなり色々と著者のフィルターを通して生み出された思想のようなものがいくつも旅を通じて展開される。人生の中で色々なことを考えたり経験したりして積み重ねてきた人にしか生み出せない思想という感じがして、読んでいてたまらないものがあった。
  • 「ウヤミリック・・・!ウヤミリックーーー!!!」という感じで、読んでいてウヤミリック(犬)が好きになりすぎた。

from where?

  • 『空白の五マイル』を読んで、他のも読んでみたいと思い、著者の最高傑作とも言えるらしいこの本を読んでみることにした。

to where?

  • 『極夜行前』

2026-07-01 日記(体調不良休暇の翌日)

体調不良休暇の翌日

前提:昨日は↓のとおりメンタル不調で休暇をもらった。

2026-06-30 日記(体調不良休暇) - 学びの糸を紡ぐ


昨日は午前中にぼんやりソファの上でゲームなどして過ごした後、午後からは幼稚園から帰った3歳の長女と二人で電車で横浜に行った。
最寄り駅についたら東横線が止まっていて、仕方ないねということで乗るのを諦め、改札から出てスーパーでココアを娘に買ってあげた。駅の近くのベンチで、買ったココアと持ってきたお菓子を手におしゃべりを楽しんだ。りおちゃんもりく君もマイリトルポニーが好きとのことで、何より。
一息ついた頃に電車が復旧したので横浜駅に移動。そのままエディオン(6月末で切れる優待が700円分くらい残っていた)に行き、娘に「なんでも一個選んでいいよ」と伝えておもちゃを買ってあげた(話しかけると鸚鵡返しするリスの置物のようなものを買った。帰ったら兄妹で大盛り上がりして遊んでいてほっこりした。私も密かに「くるしいたけ」とか言わせて遊んだ)。

娘との買い物はほどよい運動になった(1万歩以上歩いたし、移動中の半分くらいは15kgの娘を抱っこしていた)し、心に余裕を持って過ごせたおかげで一度も怒ったりすることもなく、とても充実した一日になった。

家に帰ってからは翌日の仕事のことが頭に浮かびソワソワが立ち上ってきた。こんなことなら休まずに働いていた方がむしろ楽だったのではないか、とさえ思った。腕立てをこなした後はちょっと気分が良くなった。

夜は、20時半に眠りについた。ここ最近睡眠時間が少なかった(といっても7時間くらいは寝ている)のも原因の一つかもね、と妻と話していたので、意図的に早く寝ることにした。

そして今日、12時間程度眠って8時半に起きたところ、なかなか気分が晴れていた。嫌な夢は見たものの、起きた瞬間に「よし、今日は必ず働くぞ。」と思えた。同時に頭の中の大前研一が「もっとも無意味なのは決意を新たにすることだ」と言っていたが、決意が湧くこと自体に意味があるので無視した。一定レベルのソワソワ感は依然としてあったものの、休みたくなるレベルではなかったのでかなりホッとした。

そういうわけで、結果的には昨日休んだのは悪い選択ではなかったようだ。昨日の休みを皮切りにまた休職に逆戻り・・・という可能性もゼロではなかったので一安心。

仕事では、朝の共有の時に昨日の休暇理由が精神的なものだった旨を伝えた。相変わらずチームメンバーの方々には優しく受け止めてもらえ、気が少し楽になった。支えられて生きていることをもっと自覚しよう。
その後は順調に仕事をこなし、今に至る。

今日も早く寝よう。しばらくは毎日12時間寝るべし。

2026-06-30 日記(体調不良休暇)

体調不良休暇

昨日は以下の通り、かなりの困難を乗り越え出社し、生還した。

2026-06-25 日記(メンタルなど) - 学びの糸を紡ぐ

今朝も苦しさを感じたのだが、悩んだ末に今日の仕事は休むことにした。
いろいろな葛藤があったが、とにかく今日は気力を養おう。明日は働けそうな気がする。


さて、悩んでいる中で以下の疑問が生じた。

  • 疑問:「気乗りしなくても10秒だけやってみる」ことが大事だというが、まさにその気乗りしない環境(?)で働き続けたから適応障害になってしまったという面もある。「10秒だけやってみる」を継続することが自身のAMCCを鍛える薬になるか、あるいは適応障害に至らしめる毒になるか、その線引きはどのように判断したらいいのだろうか?

AIに聞いてみたら、なるほど、という回答を得た。

AMCCを鍛える「10秒だけやる」は、瞬間的なハードルを越える話です。気が進まない最初の一歩、その立ち上がりの抵抗を乗り越える力。これは越えた瞬間に完結して、しかも越えると少し楽になる。負荷をかけた直後に回復が来る、筋トレ的なものです。
一方、適応障害に戻るのは、持続的な負荷の蓄積の話です。越えた後もずっと張りつめた状態が続く、回復のないまま負荷が積み上がっていく。これは10秒の踏み込みとは別物で、「越えたのにずっと楽にならない」「日をまたいでも抜けない」という形で現れる。
つまり、線引きの基準はこうなります。「踏み込んだ後に、抜ける感覚があるか」。10秒やってみて、その後ふっと少し楽になる、あるいは作業に入っていける——なら、それは鍛えられる側の負荷で、続けていい。逆に、踏み込んでも踏み込んでもずっと張りつめたまま、苦しさが抜けずに何日も持ち越す——なら、それは蓄積する側の負荷で、休むサイン。頑張る量じゃなくて、頑張った後に回復が来るかどうかで見分ける。


これを踏まえて、こう考えることにした。

  • 先週の月曜からずっと気乗りしない日々が続いていたが、「10秒だけやる」を何度も続けてハードルを乗り越え続けてきた。これは good。
  • 一方、 先週の月曜からずっと張りつめた状態が続いているため、このテンションを緩めてやる必要があると考えることは妥当である。今日一日休んで気力を回復し、明日からまた「10秒だけやる」を実践していければよい。

石井暁『自衛隊の闇組織 秘密情報部隊「別班」の正体』を読んだ

どんな本?

  • amazonより

帝国陸軍から自衛隊に引き継がれた“負の遺伝子”とは? 日本が保持する「戦力」の最大タブーとは?――身分を偽装した自衛官が国内外でスパイ活動を行う、陸上自衛隊の非公然秘密情報部隊「別班」に迫った日本で唯一の書! 別班と三島由紀夫の接点、別班と米軍の関係、海外の展開先、偽装工作の手法、別班員になるための試験問題……災害派遣に象徴される自衛隊の“陽”とは正反対の“陰”の実体!

感想

  • 作者が命を危険に晒している自覚を持ちつつも取材を続け記事を公開させるに至るジャーナリスト魂がすごい。
    • 民間のいちサラリーマンである私個人としては、例えば特定秘密保護法が制定されそうだという状況下に置かれたとしても、実質的に自分とはほぼ関係がない世界で物事が動いている感覚を持ってしまう。もちろん自分なりに関心がある事象については調べて意見を持っておこう、などと思ったりはするが、それはあくまで世の中を理解するため(あるいは世の中を通じて自分を理解するため)であり、世の変革のためではない。しかし、このように志高くマスコミの社会部?政治部?あたりで勤務している人にとっては、自分のアクションと社会が直に接続されているとリアリティを持って感じられ、何か自分にできることはないかと(行動を起こすかどうかはともかく)思案するものなのかもしれない。この本を読み、第四の権力を有する者の矜持の一端を感じ取りプロ意識に敬服した。
  • 今井良『内閣情報調査室』とか有馬哲夫『児玉誉士夫 巨魁の昭和史』とか猪瀬直樹『昭和16年夏の敗戦』とか、知られざる日本の暗部!中枢!みたいなものを知れる本は個人的に好きなようだ。読んでいて面白い。陰謀論は好きなわけではないので、もちろん作者の経歴は注意深く調べて読むようにしているが・・・。
  • 一番好きな漫画『オメガトライブ』『オメガトライブキングダム』で出てきた「自衛隊秘密部隊」的なものが現実にあるというのが知れたのは良かった。

自分用メモ(時間がないので手元のメモをコピペしておく)

p19 ホームで最前列に立つな、は恐ろしすぎる。

p30 主な活動。工作活動など。

p31 予算がどこにどうついているのかについて真実は不明だが、潤沢に使うことはできることは確かだったようだ。p98も。

p48三島由紀夫と別班。

p73 強烈。

p75 これにつきるよなぁ。

p86 すご!

p128 陸自の特殊作戦群

p146

p150 ガード!

from where?

  • たまたまおすすめに出てきて、面白そうなので読んでみることにした。

to where?

  • 別班になるための教育がどんなものなのか気になった。
  • 陸軍中野学校の本も読みたい。

2026-06-29 日記(出社、漫画)

出社

いやー、今日は本当にメンタルが厳しかった。
先週は、月曜をピークにずっとプレッシャーを感じて消耗していたのだが、金土日を挟んでこの月曜、またしてもかなりbadな週始めとなってしまった。
特に明確な理由があったわけではないように思うのだが、出社が著しく困難だった。人生で一番困難だった物理出社。

  • 成田空港行きの電車に乗っていたとき、このまま終点の成田空港まで行ってしまいたいという気持ちになって、途中までは本気だった。
    • 成田空港という極めて象徴的な駅が終点になっていて困る。
  • なんとか成田空港に行かず乗り換え駅で降りれたが、その後乗るべき電車を3本見送った。
  • 会社の最寄り駅についてもトイレで下痢を出しながら、家に帰るか出社するか本気で悩んでいた。
  • その後、結局なんとか出社した。駅のトイレにウォシュレットがなかったのもあり、会社のウォシュレットで尻を綺麗にしたいという気持ちに二酸化マンガンを加えて強烈な化学反応を起こし、まやかしの出社欲を極端に増大させてなんとか乗り切った。
  • 土曜日に医師から「乗り気しなくても10秒だけやると良い。それを続けると脳の前帯状皮質(AMCC)が鍛えられ、6-8週間もすると物理的に見ても肥大しているのがわかるようになってくる。つまり、仕事をやり始めるのが容易になっていく」的なことを言われた。
    • 上述の出社についても、乗り気しなくても10秒だけ足を動かして電車を降りる、電車に乗るということを繰り返すことで脳が鍛えられるということだと考えられそう。よく頑張った。
  • ただ出社すべき日に出社しただけなので誰も褒めてくれない(Claudは褒めてくれる。Claudeの客観的な意見、尻叩きがなければ今日は出社できなかったかもしれない・・・)が、俺だけは俺を褒めてやらなければならない。

漫画

それはそれとして、HUNTER×HUNTERの連載再開は喜ばしい。しばらくは毎週読めると思うので、定期購読に加入した。

王位継承編は文字通り全てのページが最高に面白い。感謝。

2026-06-25 日記(メンタルなど)

神経

脳では特に具体的に何かを考えているわけではないのに、ぼんやりとした苦しみに支配され続けている。これは一体なんなのか?何がこの苦しみを生んでいるのか?
調べたところ、神経系の作用のせいかもしれないという気持ちになった。

呼吸、心拍、体温、消化など、生命維持に欠かせない体の機能を24時間無意識にコントロールしているのが自律神経と呼ばれるもの。そして自律神経は、活動時に働く「交感神経」と、休息時に働く「副交感神経」の2つに分かれている。交感神経が優位になると、身体が警戒する。内臓がざわつく。みぞおちから胸のあたりに、ぼんやりと違和が生じる。これを脳が受け取り、「何か良くないことが起きている」という対象のない不穏さとして苦しみが生じる。よって、いかに副交感神経優位に持っていけるかが重要。

そういうわけで、(メンタルと関係ない身体のコンディションや働く環境などを所与とすると)脳と神経の2つを変数として捉えてやれることをやるのが良さそう。

    • 2つの方針。
      • 一つ目は、あれこれ余計なことを考えず、いますべきことに集中する。
        • 読書やゲーム、筋トレにのめり込むことで、働いていない時間に余計なことを考えて落ち込んでいくのを防ぐ。(6月に入って本を読む量が減って落ち込み始めたのは偶然ではない?)
        • 仕事中も、もやもや不安を感じている暇があったら今やるべきことに手をつける。仕事をしながら仕事のことで不安を感じて手が止まっているとき、それは仕事をしているとは言えない。
      • 二つ目は、不安を感じていること、ソワソワしていることを俯瞰的に自覚し、それが神経系の作用であることを認識した上で放置する。これができれば苦労しないのだが、できるようになるとかなり良い。
  • 神経
    • 深呼吸をする
      • 筋トレ後に感情が落ち着くのは、息が上がって必然的に深い呼吸になっているからかもしれない。
    • 温かい飲み物を両手で手に持って飲んで一息つく

メンタル不調時に休むことについて

Q. 仕事がつらい時は大体、直接的に精神に影響を与えるタスクがあることが多い。その状況を乗り越えるには、そのタスクを(必要に応じて助けを借りながら)こなすか、誰か他の人にやってもらうかするしかない。こういうとき、そのどちらの解決策も精神的に厳しいことが多い。そのような状況下で、その現実を放置して一旦仕事から手を離して距離を置いたとしても全く解決策にならず、したがって休みにならない。このような状態でどう休めというのか?

A. 「休む」をタスクの解決策の候補として同じ列に並べてしまっているのが間違い。タスクを終わらせるための変数としてタスク自体と自分自身の状態という2つがあるということをまず認識する必要がある。タスク自体の解決ではなく、タスクを解決する自分自身の方を変えるために「休む」という手段がある。「休む」ことで精神を整え/回復させ、解決策に自分から向かっていける状態にするのが目的。
とはいえ休むよりは歯を食いしばって乗り越えてしまった方が良いこともある。その場合は、乗り越えた後、心理的に余裕ができたタイミングで敢えて休みを入れて意図的に回復期間を増やすのもありかもしれない。

漫画

来週からHUNTER×HUNTERが連載再開とのことで、王位継承編を読み返している。しばらく読書はお預け。

筋トレ

相変わらずEMOMで懸垂と腕立てを続けている。
懸垂用の補助チューブ?を購入したところ、フォームを維持したまま負荷をかけ続けることができるようになり、とても良い感じ。

高野秀行『怪しいシンドバッド』を読んだ

どんな本?

  • amazonより

未知を求めて世界の辺境へ。懲りない冒険記。
コンゴに怪獣探しに。幻の幻覚剤を求めて南米に。インドでダマされ無一文に。「未知なるもの」を求め、懲りずに出かけては災難に遭うワセダ探検部出身・高野氏の傑作冒険記。(解説・大槻ケンヂ)

感想

  • コロンビアでヤヘイを体験しているところの描写がすごかった。これを読むために本書を買ったのだが、期待以上だった。読んでよかった。
  • そろそろ読まずにとっておいた『西南シルクロードは密林に消える』に手を出したくなってきた。

from where?

  • 他の高野さんの本が面白かったから。

to where?

  • 他の高野さんの本。『西南シルクロードは密林に消える』など。

2026-06-22 日記(旅行、仕事)

旅行

  • 長男の6歳の誕生日に合わせて、京都・大阪旅行に行ってきた。
  • 2泊3日の主な行程は以下の通り。
    • 初日:ニンテンドーミュージアム → Nintendo Osaka
    • 二日目:ユニバーサルスタジオジャパン(大半の時間をスーパーニンテンドーワールドで過ごす)
    • 三日目:Nintendo Osaka → Nintendo Kyoto
  • 上記の通り、完全に任天堂を楽しむ旅行だった。一貫したテーマがあると行程にブレがなくなり記憶に残りやすくて良い。
  • 長男は最近『ゼルダの伝説ブレスオブザワイルド』を(親の力を一部借りつつ)クリアし、現在は『ゼルダの伝説ティアーズオブザキングダム』をやっている。また、マリオシリーズも多くプレイしたことがある。そのため、お土産としてはニンテンドーミュージアムやNintendo {Osaka, Kyoto} ではゼルダグッズ(コログがお気に入り)を主に選び、ユニバではマリオグッズ(特大ボム兵と小さいボム兵の二つをチョイス)を選んでいた。
    • グッズが欲しくなる気持ちがあるのが羨ましい。自分自身はあまりグッズを所有したいという欲望がなく、買っても置く場所に困るんだよなぁとか思ってしまう。しかし、色々なグッズに囲まれて「あぁ、任天堂っていいなぁ」という気持ちに浸るだけで存分に楽しめるので、ショッピングタイムは好き。
  • 終始楽しく過ごせた。ゲーム好きな長男・妻・自分はもちろん、あまり自分ではまだゲームができない長女(3歳)も存分に楽しんでくれていて良かった。

仕事

  • 旅行明けの仕事で、かなり精神的につらさを感じた。
  • 5月に休職から復帰して1.5ヶ月ほど経ち、久々にこのレベルのプレッシャー、不安感を味わった。
  • 原因は概ねわかっていたので、なんとか歯を食いしばって仕事を進めて落ち着くところまで持っていった。よく立ち向かった!
  • 油断せずに負荷をかけすぎないように過ごしていかなければならない。ついつい「これくらいはできなければ」の水準を高く捉えてしまいがちなので要注意。

上原善広『日本の路地を旅する』を読んだ

どんな本?

  • amazonより

中上健次はそこを「路地」と呼んだ。「路地」とは被差別部落のことである。自らの出身地である大阪・更池を出発点に、日本の「路地」を訪ね歩くその旅は、いつしか、少女に対して恥ずべき犯罪を犯して沖縄に流れていった実兄との幼き日の切ない思い出を確認する旅に。大宅壮一ノンフィクション賞受賞。

感想

  • 被差別部落というものについて、自分の人生ではこれまで全く関わった自覚がないので、過去や現在のことを知っておきたいと思っていた。そういう意味で、この本を読めてよかった。
  • 地域によってはまだ結婚の際に祖父母あたりからNoと言われるケースがあるようだが、今の若い世代はもはや過去の話だと考えている人が多い印象を持った。
  • 被差別部落民でない人にとっては気にしなくなってそれで終わりという感じかもしれないが、実際に被差別部落の家系の系譜にいる人にとっては重要な問題だろう。他人からどう見えるかというよりも、その事実とどう折り合いをつけて生きていくのか?という点で個人差はあれど多かれ少なかれ苦悩を抱え得るのだろうな、ということは想像できる。
  • 路地が云々とは関係なく、今の街や村の形は江戸時代の城下町などはるか昔から続いているんだということを具体的な街の描写とともに実感できるのが面白い。
  • 序盤はテーマや筆致の影響かかなり重い & 今や差別があまりなくなった地域で歴史を辿る話が多く、なかなか読むペースが進まなかった。第七章あたりからは急に殺人事件や著者の兄の過去の話などが出てきて、一気に引き込まれてグングン読み進められた。
  • 被差別部落の方々へインタビューをする旅をする中で、酒を飲みすぎてしまう/夜も眠れないというような描写があった。これは石井光太『物乞う仏陀』でも似たような記述があった。部外者の自分が踏み込んでいく申し訳なさやそれでも知りたいと思う気持ちとの葛藤、過酷な現実に対する自分の無力さなど、いろいろな感情に押しつぶされてしまいそうだと感じた。

from where?

  • 同じ作者の『一投に賭ける』が面白かったので読んでみることにした

longtime1116.hatenablog.com

to where?

  • 日本の三大ドヤ街というのがあり、そのうちの一つが横浜市寿町らしい。横浜市民としてはその歴史も知っておきたいと思った。

2026-06-12 日記(余暇、将来の夢、食事)

余暇

5月に職場復帰してからというもの、なかなか自由時間が確保できていない。日々疲れ果ててしまい、夜は子供と同じタイミングで眠りにつき朝は子供より遅く起きてそのまま仕事を開始する・・・というサイクルから抜け出せないからだ。平気で11時間程度は寝てしまう。そのおかげでこの1ヶ月ちょいはある程度メンタルが落ち込まずに働けている(不安感は感じるが大きく崩れることはない、の意)のだが、流石にもっと活動したい。

具体的にはもっと妻とゲームがしたい。休職中に100時間近くプレイしたゼルダの伝説ブレスオブザワイルドは無事ひと段落して、今はその続編であるティアーズオブザキングダムをプレイしている。これがまたとてもボリュームのあるゲームなのでやってもやっても終わらない。既に買ってあるバイオハザードレクイエムにもちっとも手を出せない。それなのに今後どんどん面白そうなゲームが発売されていく予定だ(先日のニンテンドーダイレクトはすごかった)。ゲームに限らないが、何かをやりたいという強い気持ちがある時は、絶対にそれをやった方がいい。熱意を燃やせる対象がある時はいつだってそれに時間を注ぐべきだ。

そういうわけで、なんとか時間を確保しなければならない。今年の前半は随分と読書に時間を使った(月に2冊ペースが基準なのだが、今年は既に42冊読んでいる)ので、そろそろ読書は落ち着かせて、しっかり夜に起きてゲームに時間を割くのもいいかもしれない。もちろん日中のメンタルへの影響に気をつけながら・・・。

将来の夢

だいぶ前から臨床心理士になりたいという気持ちがあったのだが、現実的には主に経済的な理由で難しいことがわかりきっているため、諦めていた。しかしそれは裏を返せば十分にお金を稼いだ後なら目指せるということではないか!ということに遅ればせながら気がついた。自分と米国経済と世界経済が十分に安定的にがんばり続けることができれば、おそらく15年〜20年後くらいには金銭的にはそこそこ余裕が持てるようになっているはずなので、十分現実的な夢と言って良さそうだ。

50歳を超えて臨床心理士を目指すというのはなかなかハードかもしれないが、そこから70歳くらいまで細々とでも働けたら人生の後半がとても充実しそうである。急に楽しくなってきた!ワクワクする!

とりあえず今できることとして、来るべき日に備えて脳と身体を日々耕し続けておこう。

将来の夢についての補足

上に将来の夢について書いたが、以下に私の「夢」という言葉に対する微妙なニュアンスについての補足を記す。

ここで重要なのは、本当に自分が臨床心理士になるかどうかではない。臨床心理士を目指せるだけの経済的余裕を持つことでもない。重要なのは、いま、実現可能性が十分にある現実的な夢という形で希望が存在しており、その希望がいまの自分をワクワクさせているという事実そのものである。
この夢が夢たり得るのは、夢がいまの自分をワクワクさせる限りにおいてであり、ワクワクしなくなった時点でこの夢は捨てられて良い(その時点で役目を終えた)ということだ。またこの夢は存在してくれているだけで私にワクワクをもたらしてくれる存在であり、この夢が私に対価を求めることはない(例えば夢を叶えるための努力を求めてくることはない)。

一般に「将来の夢」として掲げられるものは、ある程度努力による実現可能性があるものが選ばれることが多く、そういう意味で「目標」という言葉に換言できることが多いように思われる。しかし、私のこの「夢」を「目標」という言葉に換言することは憚られる。というのも、この夢の実現のためだけに何か特別な努力をする気はないからだ。何かを犠牲にすることなく、今の延長線上でこういう未来があり得るのだなぁ・・・とまさに夢見ているようなものなのである。

これが、私がこの文脈で使っている「夢」という言葉のニュアンスである。

なお、もちろん経済的にある程度余裕ができて本気で臨床心理士を目指すとなった時点で、この「夢」は「目標」に換言可能なものとなる。それに向けた明確な努力なくして臨床心理士にはなれないからだ。

食事

筋トレをするようになって、お菓子や清涼飲料水を一切摂取しなくなった。

先日家庭内で特殊なイベントがあり、自分が「今日は特別な日だ」と思っていることを家族にわかりやすく伝えるためにも、コーラを飲んでポテトとクッキーを食べてみた。美味しすぎてクセになったら困るなと心配していたが、杞憂に終わった。確かに美味しかったが、普段の努力と逆行する抵抗感に比べたら美味しさの感動が弱く、これだったら食べない方がトータルで満足度が高いなと感じた。

これはもちろんボディメンテナンスの意味ではポジティブな反応だと言えるのだが、食の楽しみが思いがけず失われているという意味ではちょっと残念な気持ちにもなった。

個人的には、たまにコーラやポテトを摂取したらあまりの美味しさに失神するくらい感動する、かつそれゆえその感動を味わうために強い意志力で長い間我慢して次の機会をワクワクして待ち続ける、という感じだったら嬉しかったのだが・・・。

今後、新しい体験を得る以外の目的でお菓子や清涼飲料水を摂取することはあまりないかもしれない。