学びの糸を紡ぐ

自分なりになにかを身に着けていく過程をまとめたり、記録しておきたい心情を残したり。

斎藤幸平『資本論 NHK100分de名著』を読んだ

感想

  • 資本論』を前提にした書物を色々と読んできているし、一応経済学部出身だし、あまり真新しい発見はなかった。
  • 資本論』の引用の文章がちらほら登場するけど、言い回しがかなり難しい。原著を読破するのはなかなか大変そう。少なくとも直近挑むことはなさそう。
  • 個人的には、革命のような不連続な変化により資本主義社会を乗り越えるよりは、今の延長線上で良い点を活かし悪い点を何らかの形で克服していく方が現実的だと感じる。そのためには社会の構造をどのように変えていくべきか、どのような重力により主体の意識を変え結果として社会を変えていくか、というところを突き詰めていかなければならないと思う。そういう意味では、SDGs という言葉も最近は意外と気になっている。脱成長型のスタイルにこの社会を導く重力足りうるのだろうか。
  • イノベーションがブルシットジョブを生み出す一方でエッセンシャルワーカーが低賃金で働いている・・・みたいなのは、どう世の中が克服していくのか(いけるのか)関心がある。

ピックアップメモ

(p58 )
 資本主義以前の奴隷は、・・・恐怖心からいやいや労働していました。しかし彼らは、最低限の生存保証はされていました。家畜をむやみに殺したりはしないのと同じで、奴隷所有者は奴隷をモノとして大切に扱ったのです。
 ところが資本主義社会では、誰も生存保証をしてくれません。・・・共同体から「自由」になるということは、そこにあった相互扶助、助け合いの関係性からも "フリー" になる――つまり、切り離されてしまうということです。

興味深い記述。なんかの映画か何かで主人と奴隷の関係がかなり良好に見えて、これってどういう感じなんだろうなというところがピンときていなかった。しかし、モノとして大切に扱うということだとなるほど納得できる。
ただ、ここでは奴隷ならば生存保証をしてもらえるかのような感じで書かれているけど、奴隷は主人に捨てられたらそのときは本当にどのように生きていけばいいのかわからない状況に追い込まれるので、奴隷の方が遥かに厳しそうだなと感じる。

人間をモノとしてみなすが故に大切に扱う、という感覚を、現代を生きる自分としては実感として全く理解できない。奴隷史とか奴隷が存在した時代の主人目線の文章とか、読んでみたいな。

(p111)
マルクスには、研究分野の文献を読む際、必要だと思う箇所を徹底的に抜き書きするという習慣がありました。・・・マルクスは生涯にわたってこの習慣を守り続けました。

自分も気になった記述を抜き出すというのはこのブログでやっている。事実と意見を分けて整理するためにも重要だと思う。今回の記事から引用ブロックを使ってより意識的にそれをやってみようかなと思い始めた。

(p117)
 彼が思い描いていた将来社会は、コモンの再生に他なりません。いわば、コモン(common)に基づいた社会、つまりコミュニズム(communism)です。わかりやすくいえば、社会の「富」が「商品」として表れないように、みんなでシェアして、自治管理していく、平等で持続可能な定常型経済社会を晩年のマルクスは構想していたのです。

生産物に対する所有権が主張されるのはわかるが、今は土地とか自然とかも所有権が存在し、誰かのものとして商品化されている。しかし、それは全く自明のことではない。
これについては個人的所有を認めるがこれについてはコモンとしてみんなで管理しよう、みたいなあり方も構想できるというのは新しい視点だった。

(p125)
 今、大きな注目を集めているのが、スペイン第二の都市バルセロナの呼びかけで始まった「ミュニシパリズム」(地域自治主義)の国際的ネットワークです。
 なかでも、2050年までの脱炭素社会を目指すアムステルダム市が、コロナ禍の最中に、オックスフォード大学の経済学者毛糸・ラワースの「ドーナツ経済」という考えを導入することを発表して、世界的な注目を集めています。
 ・・・アムステルダムは、脱成長型の街作りに舵を切ったのです。

欲望のままに消費していく資本主義の脱却を目指す社会がこの世の中に生まれ始めている、というのはとても喜ばしいことだと思う。今後どうなっていくのか気にしておきたい。


from where?

  • いろいろな本で前提としているから、ずっと触れなきゃなという意識はあった。
    • 一応『気流の鳴る音』を読んだのが直近のきっかけ。

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