学びの糸を紡ぐ

自分なりになにかを身に着けていく過程をまとめたり、記録しておきたい心情を残したり。

小田亮『レヴィ=ストロース入門』を読んだ

どんな本?

ピックアップメモ

  • 第1章 人類学者になるということ
    • 人類学から社会科学への最も重要な貢献は、「真正さの水準」により社会を2つの存在様式で区別すること。真正な社会に足場を置き人間文化の真正さを拾い上げること。
      • <顔>の見える関係からなる小規模な真正な<本物の>社会と、近代以降に登場した、印刷物や放送メディアによる大規模な非真正な(まがいものの)社会。
      • この2つの存在様式の違いは、社会の想像の仕方の違いにつながる。前者は人と人との具体的なつながりを延ばしていって境界のぼんやりとした社会全体を想像することになる。後者はあたかも神の眼から一望したように境界の明確な全体としての社会をメディアの媒介によって想像する。
      • それにより、人と人とのつながりのスタイルも、アイデンティティの作られ方も変わってくる。
        • 非真正な社会では、「人 - 国民国家 - 他の国民」、というように全体と個人がいきなり結び付けられる。
      • ベネディクト・アンダーソン『想像の共同体』で明らかにされているように、この非真正な社会からくるアイデンティティの創られ方は、ネイションという「想像の共同体」に独特の想像の仕方である。
      • 非真正な社会の中にも近隣関係や仕事場等、さまざまなサブ・グループなどに真正な社会の様式が残っている。
  • 第2章 構造主義はどのように誤解されるか
    • 構造の定義
      • 『構造』とは、要素と要素間の関係とからなる全体であって、この関係は、一連の変形[変換]過程を通じて不変の特性を保持する
    • 構造は体系(システム)とは違う。体系は変換されない。構造の探求とは、体系と別の体系の間に変換の関係を見出すこと。
    • ヤーコブソンの音韻論との関係のあたりは、『はじめての構造主義』にあったのでここでは省略。
  • 第3章 インセストと婚姻の謎解き
    • インセスト・タブーと婚姻クラス、「女性の交換」のあたりは、『はじめての構造主義』にあったのでここでは省略
    • レヴィ・ストロースは、親族の基本構造を調べても、それが「無意識という形で、人間の精神に現存している」とまで確証できなかった。そこで、構造というものが無意識の形で人間の精神にたしかに現存していることを示すために、社会生活上の外敵成約のより少ない神話研究へと向かった。
  • 第4章 ブリコラージュ vs 近代知
    • レヴィ=ストロースは神話的思考を「ブリコラージュ」にたとえている。
    • ブリコラージュとは、限られた持ち合わせの雑多な材料と道具を間に合わせで使って、目下の状況で必要なものを作ること
    • ブリコラージュする人をブリコルールと呼ぶ。
    • ブリコルールは新石器時代から現代まで続く具体の科学的である。多種多様な仕事をすることができるが、計画的でなくもちあわせでその場限りのやりくりをしていく。エンジニアは近代科学的で、全体的な計画としての設計図に即して一義的な部品を用いて完成を目指す。
    • 近代の知は「概念」を用い、ブリコルールは「記号」を用いる。「概念が現実に対して全的に透明であろうとするのに対し、記号の方はこの現実の中に人間性のある厚味をもって入り込んでくることを容認し、さらにはそれを要求することさえある」
    • エンジニアのしごとでは事前の計画と出来上がりがつねに一致しているが、ブリコラージュでは手段の集合の構造と計画の構造の妥協として成り立つ。ゆえに、計画は当初の意図(単なるスケッチに過ぎない)と不可避的にずれる。ブリコルールはつねに自分自身のなにがしかを作品の中にのこす。
    • ブリコルールが自分自身の歴史性や自分の体験の出来事性を残すことができるのは、ブリコラージュが真正なレヴェルにおいてなされる場合にかぎられる。
  • 第5章 神話の大地は丸い
    • 神話研究詳細。
  • おわりに 歴史に抗する社会
    • 「われわれの文明は、いってみれば歴史を内在化してしまっている文明で、自分の過去との関係のもとに自己を考える文明なのです ―― その過去をたえず否定して、未来を築き上げようとするのですが、しかしこの未来はその過去とのある種の関係(弁証法的と呼ばれているものです)を保持せざるを得ないのです」
    • レヴィ=ストロースにとって、自分たちの過去との関係のもとに現在の自己の意味を考えるという、ほとんど誰もが認めている歴史の意義こそ、歴史への特殊な進行であり、普遍化できない歴史意識によるものなのである。
    • 現実に起こったここの出来事の独自性を表すような歴史を「純粋歴史」と呼んでいる。レヴィ=ストロースが敬意を払う歴史とは、出来事の独自性を表している歴史。
    • 西洋近代に生まれた特殊な歴史は、異質な出来事からなる不連続な歴史を、年代という特殊なコードによる連続性を用いて単一の全体にまとめあげたものである。たとえそれが解放や自由の進歩や抵抗を語る歴史であっても、それは「栽培化された思考」に属するものであり、真正のレヴェルの歴史である「純粋歴史」から眼をそらしたものでしかないのである。

感想

  • (「おわりに」を受けて、)確かに言わんとすることはわかる気がするが、だからといって西洋近代的な歴史観を否定したからといって我々がそれを捨てて向かえばいいのかというのはわからないし、実際この西洋近代的な文明はこのやり方で進んでいってしまうだろう。それならば自分自身は、基本的に西洋近代的なレールに乗っていることは自覚しつつも、ニヒリズムに陥ることなく、真正な社会と非真正な社会が重層的に存在するこの社会において、どちらも乗りこなしながら生きていくことを選びたい。
  • 構造の話とか親族の基本構造の話は納得感があるけど、神話研究は無理があると感じてしまう。無数に存在する神話とそのバリエーションがあれば、恣意的な操作をして対称性を発見するなんてことはいくらでもできてしまいそう。「そういう構造があるかもしれない」とは言えるかもしれないが、その構造が人間の無意識的な精神に根ざしているかどうかはわからないのではないか。
  • 構造、数学的に言えば変換群と変換群により置換される集合自体の総称ことっぽい。そう考えると非常にわかりやすい。
  • エンジニアとブリコルールの違いはとても興味深い。
    • 自分はウェブサービスを作るエンジニア組織のマネージャーをしているが、マネージャーは人間という一義的でない"間に合わせ"のリソースを使って成果物を生み出していかなければならないため、ブリコルールである必要がある。ブリコルールとして、真正な社会としての仕事場とメンバーに向き合って、「現実の中に人間性のある厚味をもって入り込んでくることを容認し」ながらやっていくことになる。
    • 優れたエンジニアがマネージャーとして優秀とは限らない、というのはこういうところからも来るのだろう。
  • 橋爪大三郎『はじめての構造主義』よりも好みだった。
    • 構造とはなにか?という点について具体的でわかりやすく書かれていて理解しやすかった。
    • インセスト・タブーの婚姻クラスのあたりの解説も、図付きですんなり理解できた(『はじめての・・・』のときは自分で図を書いて理解していた)
    • 神話研究についての記述があったのが何よりも良かった!!!

from where?

  • 橋爪大三郎『はじめての構造主義』を読んだがまだしっくりこない点もあったので読むことにした。

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